新型コロナ感染確認者の発生状況について

第六話

【薬物療法の可能性】
 新型コロナ感染の治療に有益かもしれない、とても興味深い一連の報告の意義を見逃し続けていました。その理由は、“機序的に考えて”ウイルスに直接かつ確実に効く“薬”はない、という思い込みがあったからです。ところが、一連の報告から、ウイルスが直接生体に及ぼす影響(炎症作用)以外に、体内に常在している別の細菌に感染して、その感染された細菌が炎症作用を起こす可能性があることを知りました。まず、一連の報告とその背景になった報告について概観してみます。

 2002年から2003年にかけて流行したSARSの原因であったSARSウイルスに対して、従来免疫調節作用・抗炎症作用のあるクロロキンがin vitro(試験管内)実験で有効であることが複数報告されていました(Virological Journal 2, Article number: 69 (2005) https://virologyj.biomedcentral.com/articles/10.1186/1743-422X-2-69?mod=article_inline、Journal of Medical Chemistry 49: 2845-2849, 2006 https://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/jm0601856)。
 クロロキンとその類似物であるヒドロキシクロロキンは、元々はマラリア原虫に対する薬としてそれぞれ1943年と1955年から使われてきた長い歴史のある薬です。

 中華人民共和国からin vitro(試験管内)実験で、ヒドロキシクロロキンが新型コロナに感染させた細胞に効果があったことが報告されました(Clin Infect Dis. 2020 Mar 9 pii: ciaa237. doi: 10.1093/cid/ciaa237. [Epub ahead of print]  https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/32150618?mod=article_inline)。
 同じ中華人民共和国の国内多施設研究で新型コロナ肺炎の患者へのクロロキン投与が有効であったとの結果が速報(レター)されました(BioScience Trends. 2020; 14(1):72-73.)。
 その後、クロロキン・ヒドロキシクロロキン単剤、あるいは抗生剤アジスロマイシンとの併用療法について、さまざまな臨床研究がなされ、途中経過で有効性を示唆する結果がでてきました。
 この頃は、関節リューマチ、皮膚エリテマトーデスや他の自己免疫疾患にも用いられている、このマラリア薬が効く作用を、薬がウイルスの細胞への侵入を防御するのではないか、免疫系の過剰反応を抑えるのではないか、と推論されていました。
 私自身は、マラリア原虫の特効薬であるクロロキンとその類似のヒドロキシクロロキンが全く素性の異なるウイルスに効くのではないかというとても不思議な臨床報告を目にしたときにはまだその意義がよく理解できていませんでした。
 フランスの感染症学者のDidier Raoult氏のグループがヒドロキシクロロキンと抗生剤アジスロマイシンの併用で新型コロナの中程度の感染者80名に投与したところ、86歳の1例死亡、74歳の1例がICU治療継続、を除いて全例改善し、ウイルス検査も陰性になったと論文報告をしました(Travel Medicine and Infectious Disease 2020 Apr 11 : 101663. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7151271/)。
これは薬剤のたいへんな有効性を示しています。この2剤の抗炎症性と抗細菌性が効果の原因だとすれば、やはりなんらかの細菌の関与が新型コロナ肺炎の病態に大きく関わっていると考えざるを得ません。
 それを示唆するものとして、ニューヨーク州の12の病院の5700人という大量の患者のデータを分析し、「新型コロナ感染者の特徴として、(全員とも)プロカルシトニン、CRP、フェリチンなど細菌感染のマーカーが高値である」という報告がありました(JAMA. Published online April 22, 2020. doi:10.1001/jama.2020.6775
https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2765184)。

 ところが、それ以前OSF PREPRINT(プレプリントは学術雑誌への投稿前に、完成した論文原稿をインターネット上のサーバーにアップしたもののこと)に2月3日付(最終版は5月1日)で「メタゲノミクス研究(大規模遺伝子解析研究)で、新型コロナウイルスがプレボテラ菌などの嫌気性菌に感染してそれらの菌が肺で増殖し、人の生体の恒常性を破壊することを示した」論文が投稿されていました(https://osf.io/usztn/)。
 同じ著者はほぼ同時に、同じサーバーに2月5日付(最終版は4月29日)で「細菌の16 Sリボソーム(mRNAの遺伝情報を読み取ってタンパク質をつくる機構の一部)に新型コロナウイルスが感染したシークエンスを3つの異なるサンプルのシークエンスから発見した」と投稿していました(https://osf.io/ktngw/)。
この2つの論文が、新型コロナが腸内や上気道の常在菌に感染して病気を起こす可能性を示した意義は大きいと思います。
 この論文が発表されたのは4月11日ですが、3月22日(https://www.wsj.com/articles/these-drugs-are-helping-our-coronavirus-patients-11584899438?mod=article_inline)と3月29日(https://www.wsj.com/articles/an-update-on-the-coronavirus-treatment-11585509827) 
のWall Street Journalにはすでにこの研究を含むいくつかの論文が取り上げられていました。

 なお、4月4日、トランプ大統領は「連邦政府は新型コロナ患者治療に使えるよう緊急医療用品の連邦備蓄に大量のマラリア薬を置いた」と述べました(https://www.nytimes.com/2020/04/04/health/coronavirus-drug-trump-hydroxycholoroquine.html)。
この頃は、関節リューマチ、皮膚エリテマトーデスや他の自己免疫疾患にも用いられている、このマラリア薬が効く作用を、薬がウイルスの細胞への侵入を防御するのか、免疫系の過剰反応を抑えるのか、と推論していました。
 
 このように患者さんと医療関係者とのおかげで感染者の治療に新しい可能性が開けてきたことはとてもありたいことです。


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