一流歌劇場に集う人々の底力

英国ロイヤル・オペラ 来日公演 ヴェルディ《リゴレット》 
岸 純信(オペラ研究家)
《リゴレット》第1幕より。右はマントヴァ公爵のハヴィエル・カマレナ
【撮影:Kiyonori Hasegawa】

「名作再分析」のステージ。ヴェルディ《リゴレット》(1851)といえば、テノールの〈女心の唄〉が人気だが、講演会で説明すると必ず質問が出る。「自分を裏切った公爵のためにジルダはなぜ死ぬんでしょう?」「公爵は最後まで無傷なんですか?」。評者も頷きたいぐらいである。

実のところ、この疑問の二つ目は、文豪ユゴーの原作戯曲『王はお愉しみ』(1832)譲りの「体制批判の思想」と捉えたい。しかし、一つ目については、ドラマに潜む「欲求」の在り方を見抜く必要がある。

今回の英国ロイヤル・オペラ来日公演では、演出家オリヴァー・ミアーズがこの2点を追究した。彼は公爵を「極度の収集癖」と解釈し、美女や名画を漁り続ける偏狭な男性として描写。「欲求」に関しては、道化師リゴレットの娘ジルダが、現状からの脱出を熱望するさまを、名アリア〈慕わしきみ名〉の後奏で彼女が自らを愛撫するという所作に象徴させた。歌詞にある通り、道化師父娘は3カ月前が初対面。なのに、いきなり「教会通いのほかは外出禁止」となれば娘の方はストレスの塊に。それが無謀な自己犠牲に繋がったのだろう。

出演者では、そのジルダ役の米人ソプラノ、ネイディーン・シエラが声量と格別のしなやかな響きを駆使して出色の出来に。第2幕最後の〈復讐の二重唱〉ではハイE♭を炸裂させて大拍手を得た。次いで、リゴレット役のカナダ人バリトン、エティエンヌ・デュピュイは徐々に声音を濃くし、大詰めの愁嘆場で最も厚く雄弁な表現を聴かせた。また、公爵役のメキシコ人テノール、ハヴィエル・カマレナは第2幕の大アリアから復調。3幕では名曲〈女心の唄〉をさらっと歌い上げ、四重唱ではマッダレーナ役のメゾソプラノ、アンヌ・マリー・スタンリー(深い響きで光る!)との駆け引きを軽妙にこなしていた。

写真②ジルダ(ネイディーン・シエラ)とリゴレット(エティエンヌ・デュピュイ)
【撮影:Kiyonori Hasegawa】

指揮のアントニオ・パッパーノはロイヤル・オペラハウス管弦楽団を手堅く牽引。〈嵐の場〉(人声を楽器として扱う場でもありロイヤル・オペラ合唱団が健闘)では弦の猛烈な勢いに耳奪われた。実は、この日は3名の主役歌手がみな第1幕で1回ずつ歌い損なうという珍事が発生。道化師は〈moria!〉で音程を外し、娘はアリアのカデンツァで1音間違え、公爵は冒頭部で2フレーズほど息が続かなかったが、パッパーノの棒はいずれも瞬時にフォロー。結果、3名とも見事に持ち直した。「一流歌劇場に集う人々の底力」を目の当たりした思いである。
(2024年6月22日 神奈川県民ホール大ホール 所見)

【公演日程】
●《リゴレット》
6月22日(土)3時、25日(火)1時 
会場:神奈川県民ホール
6月28日(金)6時半、30日(日)3時
会場:NHKホール

●《トゥーランドット》
6月23日(日)3時、26日(水)6時半、29日(土)3時
7月2日(火)3時
会場:東京文化会館

6月23日、大入り満員で開幕した《トゥーランドット》の華麗な舞台
【撮影:Kiyonori Hasegawa】

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