主役5組がそれぞれの技量を発揮

ヌニェス&ブレイスウェルから金子&ムンタギロフなど
英国ロイヤル・バレエ団日本公演『ジゼル』

渡辺 真弓

第2幕より、ジゼル(マリアネラ・ヌニェス)とアルブレヒト(ウィリアム・ブレイスウェル)
【撮影:Kiyonori Hasegawa】

英国ロイヤル・バレエ団は、『リーズの結婚』に続いて、ピーター・ライト版『ジゼル』を上演。NHKホールに会場を移して、5公演が行われた。
 同バレエ団が、日本で『ジゼル』を上演するのは10年ぶり。5組の主役ペアのうち、初日に登場したのは、マリアネラ・ヌニェスとウィリアム・ブレイスウェル。ヌニェスは、『リーズの結婚』と両演目で初日を飾るだけのことはあり、今や名実ともに英国ロイヤル・バレエ団の頂点に立つ。日本公演の直後に、ロンドンで、在籍28年を記念して、「永遠のマリアネラ」と題した特別公演が行われたばかりである。
 その洗練された演技は、細やかな表情や仕草一つとっても磨き抜かれ、名花の艶と輝きがある。病弱とはいえ、1幕は、張りのある踊りで、村娘の純真な乙女心を伝え、狂乱の場では、演技の全てが突発的で、先の予想がつかないうちに、悲劇に向かって突き進んでいく。
 2幕は、登場の旋回から妖精そのもので、アルブレヒトと息の合ったパートナーシップを堪能させた。ジゼルを高々とリフトしたまま、一周するのは、この二人ならではの卓越した妙技である。アルブレヒトのブレイスウェルは、全身のラインがまっすぐで端正。空中でも優美なラインを保ちノーブルの典型を示した。ヒラリオン(テオ・デュブロイル)と並んだ時も、身分の差は一目瞭然だ。
 ライト版は、演技構成が極めて緻密で、ドラマティックな効果に事欠かない。特に第1幕では、ジゼルの母親ベルタ(エリザベス・マクゴリアン)が、ウィリ伝説を語るシーンをたっぷりと見せる。「狂乱の場」では、ジゼルが、自らに剣を突き立て、自死するのがやはり衝撃的だ。
 バチルド(クリスティーナ・アレスティス)は、気位の高いお姫様で、ジゼルから渡された花を無下にしたり、水を飲む際、一瞬手を止めるなど芝居が細かく、貴族と農民の格差社会の空気を感じ取らせる。

第1幕より、ジゼル(サラ・ラム)とアルブレヒト(平野亮一)
【撮影:Hidemi Seto】

2日目昼の主演は、サラ・ラムと平野亮一のペア。ラムは、第1幕の村娘から、弱々しく儚げな佇まいが悲劇を予想させ、第2幕では、徹底してウィリの化身となった。平野のアルブレヒトは、純粋無垢のジゼルをもてあそぶかに見えたが、やがて真実の愛に目覚め、包容力にあるパートナーとして存在感をみせた。
 夜は、オシポワの代役に立ったマヤラ・マグリが、若干異質のジゼルを演じた。まず、第1幕は、健康そのもので、溌剌として、第2幕は、踊りがダイナミックなので、冷気より熱っぽさを感じてしまう。むしろ、キトリやガムザッティのような役柄で本領が破棄されるのではないかと思った。しかし、リース・クラークと組んだ熱演には、客席を沸かせる不思議な力があったのも確か。クラークは、長身ですっきりとしたラインを持ち、典型的なノーブルの魅力を全幕もので全開させた。脚のラインが美しく、とりわけ、第2幕のアントルシャ・シスでは、途中から沸き起こった拍手に刺激されて、天高く舞い上がるようであった。

第1幕より、ジゼル(金子扶生)とアルブレヒト(ワディム・ムンタギロフ)
【撮影:Hidemi Seto】

最終日の昼は、金子扶生とムンタギロフ。今回最も注目を浴びたペアの一つで、この日の舞台は、NHKBS8Kで生中継されたほか、札幌、佐賀放送局でライブビューイングが実施されたので、ご覧になった方もいるだろう。
 『リーズの結婚』初日にヌニェスと組んで、アシュトンの喜劇バレエの醍醐味を満喫させてくれたムンタギロフは、今度は、公私共にパートナーである金子扶生と組んで、また新たな化学反応を起こし、観客をロマンティック・バレエの世界に引きこんだ。
 現在、世界最高のダンスール・ノーブルの一人と言ってよいムンタギロフは、女性を最大限に輝かせる。エレガントな物腰には全く隙がなく、一挙手一投足に目が離せない。金子のジゼルは、型にはまらず、自由奔放な点が魅力。長い手脚の利点を活かし、アラベスク・パンシェやグラン・ジュッテなどダイナミックなテクニックは感嘆もの。狂乱の場は、幸せだったひとときを偲ぶ演技が切なく、剣は、胸に刺さらんとする寸前に、ヒラリオンによって跳ね除けられたかに見えた。ウィリになってからは、高速のシェネなど、独自のスピード感を持ったパで踊りに生彩をもたらした。
 その夜は、フランチェスカ・ヘイワード(高田茜の代役)とセザール・コラレスのペア。ヘイワードは、小柄で可憐な容姿がジゼルに適役で、自然体の演技に説得力がある。感情の明暗がくっきりとしていて、「狂乱の場」では、疾風の如く村人たちの間を突っ走っていく姿が、悲劇の前兆を思わせる。一方、コラレスは、激情に駆られてヒラリオン(アクリ瑠嘉)と対立した際、キャラクターが重なる一面もあったが、第2幕は、ヘイワードの慈愛に包み込まれていく様子が十二分に伝わってきた。
 日本勢はパ・ド・シスでも大活躍。初日の前田紗江と五十嵐大地をはじめ、佐々木万璃子、佐々木須弥奈、アクリ瑠嘉、崔由姫、中尾太亮が日替わりで出演。ここでは、ヴィオラ・パントゥオーソ、リアム・ボスウェルなど次世代のホープたちが居並んでいて壮観だが、そのような中で、これだけ日本人ソリストがしのぎを削っている現状を目の当たりにできたのは何よりだ。
 ミルタは、アネット・ブヴォリ、ルティシア・ディアス、ジュリア・ロスコーの3名交替。ウィリの群舞は、統一感を目指すより、一人一人の個性を尊重しているように見えたが、これもお国柄だろう。
 指揮はマーティン・ゲオルギエフ、演奏は東京シティフィルハーモニー管弦楽団。
 劇場不足や円高など諸般の問題を抱えながらも、英国ロイヤル・バレエの現在を知らしめた今回の日本公演には、大きな手応えがあった。
(7月10日、11日昼夜、12日昼夜 NHKホール)