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日本とイランの関係性の検討(2012/03/14)

━━━イランについて
ホルムズ海峡をめぐるイランと欧米の緊張が激化する中で、日本のオピニオン・リーダー達は「日本とイランの間で長年にわたって深く根付いた友好関係が双方の仲立ちに役立つだろう」と主張している。しかし両国の体制に性質には著しい違いがあり、イランと日本は相容れない関係である。イラン革命ではシーア派の僧侶達が近代主義のパーレビ体制を崩壊させ、西欧型の政教分離の啓蒙主義を完全に否定してこの国を暗黒時代に逆戻りさせてしまった。レザ・シャー1世統治下でのイランのネーション・ビルディングが日本の明治維新に倣ったものであることは非常によく知られており、イスラム革命はこうした国家建設を否定するものである。

日本の指導者達がイランをどのように見ているのかについて述べる前に、イランと日本での建国イデオロギーの根本的な違いについて論じたい。徳川幕府の崩壊以来、日本の国民的な価値観は福沢諭吉と森有礼らが推し進めた啓蒙思想に基づいている。これによって日本は明治の近代化から大正デモクラシー、戦後のレジーム・チェンジへと進化していった。戦間期のドイツにワイマール民主主義が広まったように、同時期の日本にも自由な社会の強固な基盤があった。ダグラス・マッカーサーによる占領統治は、そうした基盤がある日本の民主化を触発したに過ぎない。アジア近隣諸国民が近代化に目覚めなかったのに対し、日本国民は西欧ルネッサンスの本質を学ぶことによって暗黒時代の封建主義から人間性と理性を解放した。ルネサンスが人類文化史上で最も偉大な業績であることは、普遍的に受け容れられている。日本が西洋列強とともに「文明国」の仲間入りができたのはこうした基本的な価値観によるものであり、西洋の生活様式の模倣によるものではない。福沢は自らの有名な著書『学問のすすめ』において「麦飯を食べながらでも西洋文明を学べばよい」と記している。そうした近代的精神からすれば、日本で戦後のレジーム・チェンジが成功したのは何ら不思議ではない。

他方でイランの神権体制は、呪術、魔術、狂信主義、宗教的権威主義といった暗黒時代のイデオロギーに根ざしている。イラン革命はいわば日本の否定である。シャーの体制は自由とは程遠かったかも知れないが、啓蒙専制主義ではあった。きわめて遺憾なことに、イランは革命によって西欧型民主主義に進化する代わりに退化していった。この国は日本とドイツが歩んだ道とは正反対の道を歩むことになった。1979年のアメリカ大使館占拠事件で見られたような暴虐行為は、シーア派神権体制が抱えるおぞましい性質ならではの帰結である。テヘラン政府の究極の目的は革命の輸出である。これを恐れたサウジアラビア、ヨルダン、クウェートといったアラブ諸国はイラン・イラク戦争において、バース党の危険なイデオロギーを承知でサダム・フセインを支援したのである。

イランの現体制はそれほどまでに恐るべきものなので、「日本がこの国との『長年にわたる友好関係』なるものを維持して欧米とは独自の行動をすべきだ」という理由が私には皆目理解できない。イデオロギーとレジームの性質という観点からすれば、イランは日本の敵なのである。また、イランは悪の枢軸の一員であり世界平和を脅かすために軍備を増強している。パーレビ体制のイランはケマル体制のトルコとともに、日本の誇りであった。イスラム革命がイランを中世の狂気に戻してしまったことで、我が国は赤っ恥をかかされたのである。日本のエリート達がそのような悪逆体制との「長年にわかる友好関係」を維持すべきだと考えていること言語道断である。遺憾なことに、イランの現体制は暴力、狂気、抑圧を愛し、それは我が国の愛する理性、人間性、自由とは相容れないという認識が大平政権には欠けていた。戦後の受動的平和主義と経済至上主義に支配された日本政府は、米大使館占拠事件をめぐって西側同盟諸国が制裁強化を要求してきたにもかかわらず、イラン・日本石油化学プロジェクトの継続にばかり気をとられていた。後に狂気と憎しみの体制が勝手に商取引を廃棄したことによってプロジェクトは破談となり、日本は多大な損失を被ることになる。これがイランと日本の間の「長年にわたる友好関係」の実態である。非常に不思議なことに、企業の金儲け主義を攻撃することが大好きな左翼からは、イランのようなテロリスト国家との商取引を非難する声が殆ど聞かれない。左翼の大企業批判には良心のかけらもないことがよくわかる。

━━━警戒感のなさ
そうした建国理念の著しい違いとシャー体制崩壊後の両国関係の悲劇的な歴史を見れば、日本のエスタブリッシュメントはイランの脅威への警戒感をもっと強める必要がある。イラン核問題は1月31日に行なわれた参議院予算委員会の外交問題審議で取り上げられた。しかしこの審議での野党の質問には驚愕させられた。最も驚くべき質問は、イランの核兵器とイスラエルの核兵器の混同である。公明党の浜田昌良参議院議員はイランとイスラエルがまるで中東の安全保障で同等の脅威であるかのごとく述べた。しかし以下の点に留意すべきである。最も重要なことに、イランにはパレスチナからレバノン、イラク、アフガニスタンまで及ぶテロリストとの広範なネットワークがある。核不拡散で今日の最も危険な政策課題は、テロリストと核保有国の結びつきである。さらにイランの核兵器は攻撃目的だがイスラエルの核兵器は防御目的だということにも注意すべきである。イランのシーア派体制は究極的に中東から中央アジア一帯に及ぶ革命の輸出を目指しており、この目的のために核兵器を保有して大国の地位を得ようとしている。イランが核開発計画を推し進める第一の理由がイスラエルであるなら、今年の2月にナビド衛星を打ち上げたのはどうしたことなのだろうか?このことはイランのミサイル標的がイスラエルにとどまらないことを示唆している。

一体どこを狙っているのだろうか?ロンドンか?パリか?ニューヨークか?それともワシントンか?最後に中東諸国が怯えているのはイスラエルよりもイランの核の脅威であることを指摘したい。核不拡散の専門家の間ではエジプト、サウジアラビア、その他湾岸王制諸国への核拡散の懸念がある。これらの国々が核保有に走るとすればイランに対してであり、イスラエルに対してではない。浜田氏は参議院において上記の点に考慮を払っていなかったので、公明党には反ユダヤ主義の影響が及んでいるのではないかとの疑念を私は抱かずにはいられない。

同委員会でのイラン問題に関する審議では他にも質問があった。新党改革の舛添要一代表はイラン問題で中国の協力を得る必要を強調したが、彼の国が我々とは世界平和に関して共通のビジョンを有していないことに留意しなければならない。中国は石油資源の確保にとどまらず、イランをめぐって危険な軍事的野心を抱いている。中国はイランに先端技術を用いた対艦巡航ミサイルの製造の支援を行なっている。ワシントン近東政策研究所のマイケル・シン所長は「中国はこうした軍事技術支援だけでなくイランに海軍基地を確保してスエズ以東のシー・レーンを支配しようと模索している」と警告している。北朝鮮の場合と同様に、我々西側民主国家が中国を六者協議に加えているのは、彼らが我々と価値観と安全保障上の利益を共有しているからではなく、我々の取り組みを彼らが崩壊させることを防ぐためである。イラン問題では中国に対し、我々は彼らの行動を監視すれども頭を下げて強力を願う立場ではない。元東京大学教授である舛添氏が中国に関してあのように甘い認識を示した理由が、私にはわからない。

参議院の審議では制裁の強化がどれほどの効果があるかも重要な議題であった。しかし制裁については経済的な効果ばかりでなく、政治的な圧力を込めたメッセージという側面も忘れてはならない。制裁の強化はイランが我々の要求に従わないなら先制攻撃も辞さないという警告のメッセージとなろう。玄葉光一郎外相は野党からの質問に落ち着いて筋の通った答弁で応じたが、「イランが日本とはイデオロギー上は敵対関係にある」という重要で基本的な事実を認識している兆候をかけらも見せてくれなかったのは残念と言う他にない。

━━━認識の甘さが目立つ
日本のエスタブリッシュメントがイランをどう見ているかを理解するために、政府以外の部門からの論評にも触れたい。NHKの大越健介キャスターは、「ミャンマーの場合と同様に日本が『長年にわたる友好関係』を活用してイランと欧米の仲介役を果たすべきだ」と主張する。しかしミャンマーとイランを混同するのは全くの間違いである。ミャンマーは孤立しているが、イランはテロリストとも他の専制国家ともつながりがある。アメリカとヨーロッパの政策形成者達がイランの危険性を問題視している理由は、まさにこれである。大越氏はそれでも我が国が「長年にわたる同盟諸国」とは独自の行動に出て、悪の体制との友好関係を重視せよというのだろうか?こうしたナイーブなコメントを聞くと、彼がワシントン駐在を経て東京のメインキャスターになったとはとても思えない。

日本のエスタブリッシュメントは対イラン関係において明らかに商業利益のみを追求し、我が国の建国基盤となるイデオロギーと体制について考慮を払ってこなかった。「国際関係においてイデオロギーと体制を超えて互恵的な経済発展を追及できる」と言われることが多い。しかし実際にはこの文言は専制国家が仕掛ける最も危険なハニー・トラップである。専制国家は民主国家の犠牲のうえに自分達の生存の見通しを最大化しようとしている。日本のエリート達は経済にばかり目が向きがちで、圧政国家が抱える「悪の性質」を見落としがちである。1960年代当時、フランスのシャルル・ド・ゴール大統領は池田勇人首相を「トランジスター・ラジオのセールスマン」と揶揄したが、日本のエスタブリッシュメントの世界観はそのころのものとあまり変わっていないのではなかろうかと思える。日本のエリート達には我が国のアイデンティティなど関心がないようだ。日本はそのように空虚な友好関係をイランとの間で維持すべきなのだろうか?そんなことはあり得ない!暗黒時代の体制を地図上から消し去るのは、我が国の国益に適っている。

我々日本国民は、アメリカ、ヨーロッパ、イスラエル、そして何よりも重要なことにグリーン運動で神権政治に対して立ち上がったイラン国民と政策目標を共有している。制裁の強化が叫ばれて先制攻撃が真剣に考慮されるにおよんで、我が国としてもチャーチル的な決意をもってシーア派のヒトラーの野望を挫く準備ができていなければならない。イランは殺人者、殺戮者、圧政者、テロリスト、狂信主義者、誇大妄想主義者の体制である。彼らが核拡散に手を染めているのは、まさにこのためである。1979年の米大使館人質事件はテヘランの現体制のおぞましい性質の象徴である。福沢・森思想に基づく近代主義の我が国にとって、彼らは受け容れがたい存在である。ここに一人の市民運動家として、日本のエスタブリッシュメントには我が国の国民的価値観とイランの専制政治に内在する悪をこれまで以上に強く認識していただくように懇願したい。

当論文は日本国際フォーラム『百花斉放』2012年2月15日から17日に連載されたものです


文: 河村 洋

TPPを考える(4) アメリカの戦略(2011/12/16)

━━━中国にかわる世界の工場候補ベトナム
韓国は現代の日韓併合条約ともいえる米韓FTA条約によって、不安定な朝鮮半島での生き残りを図ったことは説明した。ではTPP戦略でアメリカはアジア各国とどのような関係を築こうとしているのだろうか。ヒントはその参加国の中にある。

TPP(Trans-Pacific Partnership )は、ブルネイ、チリ、ニュージーランド、シンガポールの4カ国でスタートし、現在(2011年12月現在)はアメリカ、オーストラリア、マレーシア、ベトナム、ペルーの合計9カ国が交渉国となっている。この中で異色はベトナムだろう。現在も共産党が政権運営をしている社会主義国だ。ベトナムこそがアメリカの企図解明の鍵である。

ベトナムの人件費は中国の7~6割と安い。韓国と日本は大きな資本投下をはじめている。しかしアメリカは日本や韓国のようにはなかなかいかない。1995年に国交を回復、2000年には通商協定も締結された。しかし資本主義的所有権を徹底させるためには国際条約の枠組みに入れなければ安心できなのであろう。それがTPPなのではないだろうか。

中国は自国の安い労働市場を利用してアメリカの多国籍企業の下請け工場として経済発展をした。米中両国の事例は比較優位を証明したといえないだろうか。クリントンをして「両国はステークホルダー」といわしめたが、その蜜月は昨今の中国の挑戦によって終わろうとしている。アメリカは社会主義国であるベトナムへ中国における投資をすべて移行しようとしているのではないだろうか。


━━━日本の安全保障にも直轄する南シナ海と太平洋資源安全保障

ベトナムは軍事的に中国と対立している。1979年から89年まで度々国境紛争をしている。近年では南シナ海にある南沙諸島・西沙諸島で領有権をめぐる対立している。南シナ海の南側にはTPP参加交渉国のブルネイとマレーシアがあるようにTPPが単なる経済連携協議ではなく、経済連携を隠れ蓑にするアメリカの中国に対抗する純軍事同盟だということは明らかだろう。

さらにオーストラリアダーウイン基地への海兵隊の駐屯は中国人民解放軍への牽制もあるが、資源保護でもある。南米のペルー、チリはGDP規模は取るに足らないが、資源という面では大国だ。海には面していないがチリ、ペルーと国境を接しているボリビアは「黄金の玉座に座る乞食」と形容されたほど豊かな天然資源を持っている。

TPP参加交渉国はほとんどが資源輸出国である。更に2011年7月、東大加藤准教授のグループは太平洋の海底に高品位のレアアース(希土類)を含む泥が堆積していることを学術誌「ネイチャー・ジオサイエンス」に発表した。レアアースは現在中国が世界の産出量の97%を占めており、先般もWTO違反となる輸出規制で先進工業国を恫喝したように、我が国やアメリカの先端産業にとってTPPは資源安全保障とって大きな意味があるといえないだろうか。

このようにアメリカの戦略は単なる日本に対する市場開放ではない。アメリカは中国への直接投資をアジアへシフトして中国依存を低下させようとしている。その際米韓FTAのような過酷な要求をするだろう。日本はそれらアメリカ企業と競争をしながらアジアでのプレゼンスを高める必要がある。同時にアメリカの資源戦略に同調して、中国依存の現状を環太平洋でリスクヘッジをしなければならないのではないだろうか。

おわり


文: 中川信博

TPPを考える(3) 韓国の戦略(2011/12/15)

━━━日本の政治家は極東の現状を認識しているのか
資本主義と民主政体は表裏一体でキリスト教がその基礎である。予定説を信じるプロテスタントのBehaviorとAttitudeが資本主義発展の原動力となった。日本は明治維新後、資本主義をとりえれたが、唯一絶対神以外の原理をすべて模倣した。しかし中国はそれら、欧米キリスト教文明の原理原則を無視し西欧文明への対抗するかように、ネポチズム資本主義で第2位の経済大国になった。

ハートランド理論は戦略や国際政治に興味がある人であれば既知であろう。ハルフォード・J・マッキンダーは、ユーラシア大陸の中央に巨大国家が出現することが、ヨーロッパの安全保障にとって死活問題であるということを「発見」した。現在では彼の後継者たちが理論を更に進めて「地域覇権国家は覇権を目指す」、経済発展が軍事力強化につながり地域覇権を達成すると覇権に向かうという命題がある。

島国である我が国は大陸的覇権国家には成り得ず、憲法で軍事力保持を禁止しているため経済発展から軍事力の強化、地域覇権へと向かうことはなかった。しかし支那大陸は準ハートランドであり、中国の経済発展は国境警備という軍事力強化の名目になった。地域覇権国家となった現在は、覇権国アメリカに対抗して極東地域で様々な摩擦を引き起こしている。

アメリカが民主主義を広げようとしているのは、各国への所有権の行使を担保するためであるが、中国はそのようなことまで含めて「西欧文明」を拒否しているように見える。戦前は軍事力を背景に、戦後はアメリカとの安全保障条約と経済力で、アジアのリーダーとして君臨している我が国は中国にとっては最も近い西欧なのであろう。東アジア各国は中国に併呑されるか、アメリカと協力して中国に対抗するか、もしくは第3の道として軍事的にも経済的にも自主独立するかしかない、というのが現実なのである。

━━━中国の脅威にアメリカと同化して対抗する韓国
TPPは当初から中国に対する囲い込み戦略だと指摘されている。しかし対中国戦略としても失うものも多いという議論もある。先の米韓FTAをみても一方的にアメリカ有利な条文が並んでいる。自由貿易は相互に能力に応じて恩恵をうけることで支持されているのだが、アメリカはアジアにそのような互恵関係を構築することを望んでいないように思える。

韓国李明博政権はなぜこのような不平等条約を締結批准したのだろうか。アメリカのTPP戦略の一端が見え隠れする。韓国政府はグローバル化した一部の財閥企業以外を切ったのだ。低価格な労働市場を有する中国と高品質な労働市場を有する日本の狭間で韓国企業は競争力を失いかけている。韓国の多国籍企業はEUとアメリカ市場での優位性を確保しなければ生き残ることができないということだ。

購買力平価で換算した韓国のGDPは我が国の1/3、中国の1/7程度でしかない。そのGDPの2割が寡占企業グループによるものである。これら自動車や情報家電メーカーは近年、相対比率を低下させているとはいえ、EUやアメリカを主な市場としている。2006年のEFTAを始め急激にFTAを推進した背景には先出の厳しい環境があった。

アメリカ企業も韓国市場に商品を売り込むことは考えていないといえる。目的は投資だろう。少し刺激的な言葉を使えば、韓国は雇用と引換にアメリカの経済植民地になったといえるのではないだろうか。植民地になったとすれば、それを保護する義務が宗主国に発生する。韓国は中国の脅威に対抗するため、個人の自由な経済活動を放棄して安全保障を優先したということではないだろうか。李明博政権はそれが国益だと判断したのだ。

中国の程永華駐日大使の講演を批判的に検証する(2011/12/08)

━━━4つの疑問
去る10月13日に日本国際フォーラムの主催で中国の程永華駐日大使を迎えて日中関係に関する講演が行なわれた。程大使は中国国務院が今年の9月に発行した「中国の平和的発展」白書を携えながら、中国が発展することは世界の公益に叶い、日中両国は体制とイデオロギーの違いを超えて経済から関係を強めるべきだと訴えた。会場の参加者達からは、日中両国の関係に対する関心の高さを反映して数多くの質問が寄せられた。そうした質問にどんな些細な点にも答えようとした程大使の姿勢には多いに感銘を受けた。しかし中国の政策が本当に、程大使が講演で述べたように「平和的」、「ウィン・ウィン」で、「覇権を求めない」ものなのだろうか?また、質疑応答時に出された質問の多くも現在の日中関係からすれば、あまりに「友好的」なものが多かった。だが真の日中相互理解には、もう少し厳しい質問が出てもよかったと思われる。そこで、以下の4つの疑問をぶつけてみたい。

第一に、中国の「歴史認識」と「東アジア観」について疑問を述べてみたい。中国では知識人から一般市民に至るまで、自らの国力増大を背景に「アヘン戦争以前の地位を取り戻す」いう議論が強まっている。アヘン戦争以前の中国と言えば、冊封体制により周辺諸国を中華皇帝の朝貢国として扱ってきた。イギリスと清朝の間で戦争が勃発したのも、対等な自由貿易が受け容れられなかったためである。このような事態を考慮すれば、中国はウェストファリア体制を尊重する英米以上に「覇を唱えようとしている」のではないかとの疑問を抱く。

そうした疑問を強くしたのは、程大使が講演で述べた地域協力が「日中韓+ASEAN」に集中し、オーストラリアやニュージーランドには全く言及がなかったためである。また、ヨーロッパと同様に、アジアの地域協力にもアメリカの支援が不可欠である。「日中韓+ASEAN」による地域統合の構想を先走りした議論には、「白人国家の排除」による「黄色人種連合」の結成を想起させる。もしそうであれば、中国が主張する地域協力とはかつての冊封体制の復活ではないかとの疑問を抱かれても仕方ないであろう。そのような地域協力なら、東アジアのどの国も望まない。

第二に、中国が国際公益と大国間のパワー・ゲームのどちらを重視するのかを問いたい。その具体的な試金石となるのは核不拡散で、特にイラン、北朝鮮、そしてパキスタンに対する中国の政策を検証する必要がある。イランと北朝鮮について、中国はいずれに対しても非核化を要求する国際交渉に参加しているが、両国への制裁に及び腰である。北朝鮮に対しては、中国は核問題の解決よりもキム体制の維持に熱心なのではないかとの見方が日本では広まっている。またイランに対しては、中国は原子力発電所の建設を支援したばかりか、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツの制裁強化には、ロシアと共に反対し続けている。中国は核不拡散よりも石油資源の確保と欧米に対する地政学的競合のほうに熱心なのではあるまいか?

両国以上に問題なのはパキスタンである。インドがアメリカとの原子力協定を皮切りに先進諸国ばかりかロシアとまで類似の協定を結んだことに対抗するかのように、中国はパキスタンと原子力協定を結んだ。これは単にインドとパキスタンの核競争の激化につながるにとどまらない。パキスタンはテロリストへの核拡散という点で大変な問題を抱えている。かつてはカーン・ネットワークが存在し、最近ではビン・ラディンの潜伏に加えてハッカーニ・ネットワークのアメリカ大使館攻撃をISIが支援したという疑惑まで浮上している。とてもではないが、パキスタンはインドのように「核拡散に全く手を染めていない」と胸を張れる立場ではない。そうしたパキスタンとの原子力協定を結んだ中国には、国際公益よりもアメリカおよびインドとの地政学的競合を優先させているのではないかと疑惑の目を向けられても仕方がない。

日本は世界唯一の被爆国である。それを無視して、目先の商業的な利益だけを餌にして日中関係を強化できるだろうか?多くの参加者から質問が出た地球温暖化も国際公益の重要課題だが、その脅威はゆっくりと進行する。これに対して核兵器で新たな保有者が現れると、その脅威は急激に進行する。だからこそ、核不拡散に対する中国の政策を「平和的発展」なるものの具体的な試金石として問うているのである。

第三に、中国のグローバルおよび東アジア政策で、アメリカとの関係が殆ど言及されていなかった。しかし地域レベルであれグローバル・レベルであれ、アメリカを抜きにして日中関係は語れない。私が質問したいと思っていたのは、中国が来年のアメリカ大統領選挙をどう見ているのかである。現在は尖閣列島をめぐる領土紛争は鎮静化し、中国は近海で周辺諸国への挑発行動を自粛しているようだが、これはアメリカの大統領選挙を視野に入れてのことなのだろうか?実際に、ヒラリー・クリントン国務長官は『フォーリン・ポリシー』誌11月号にアジア重視を主張する論文を寄稿している。米中関係は日中関係により大きな影響力を持つようになるであろう。

第四に、程大使が講演で述べたように中国のメディアも多様化しているようだが、言論統制が全くないとまでは言えるのだろうか?劉曉波氏のノーベル平和賞受賞は世界の注目を浴びた。日本にはウイグル解放活動家のトゥール・ムハメット氏も亡命している。池袋のチャイナ・タウンには法輪功の活動家もいる。せいぜい、諸外国で言われるほど中国の言論統制は厳しくないと言われれば、我々もこの件に関する程大使の発言を信じることができる。

以上が私の抱いた疑問点であるが、冒頭で述べたほど「厳しい」質問ではなく「ソフトクリームのように甘い」質問になったのではないかと憂いている。何よりも中国は国際公益と大国間のパワー・ゲームのどちらを重視するのかを問いたい。中でも第二の核問題、特にパキスタンが、中国は「覇を求めない」のかどうかの試金石であると私は考える。表面的な友好関係や経済的な利益の追求だけで、日中関係が進展するとは思えない。そもそも、景気は循環するものである。経済成長の高さだけでは、日中関係や東アジア地域協力の切り札にはならない。

最後に、参加者からの質問に懇切丁寧に応じた程永華大使に一定の評価を与えて良いだろう。あれほど丁寧に質疑応答すれば、私の他に数名の参加者まで質問が回ってこないのも当然である。多くの問題点はあれ、程永華駐日大使の真摯な態度からは中国が本気で日本との関係を強めたがっていることは強く印象づけられた。そうした観点に立てば、先の外交円卓懇談会は非常に有意義であった。しかし、別の側面から見たら日本との関係を強化しなくてはならないほど中国には余裕がないとも言える。

当記事は日本国際フォーラム『百花斉放』2011年10月25日および27日に連載されました。


文: 河村 洋

東トルキスタン―ウイグル人の絶滅を図る中共(3)(2011/11/17)

━━━ウイグル語教育システムの破壊
広い意味で言えば、教育というのは“文化化”という過程であり、一定の社会に生まれ育つ個人が、その社会の文化を習得していく過程を意味する。アメリカの人類学者ハースコヴィッツは“文化化”を“人間を他の動物から区別する重要な学習経験の側面であり、人はそれによって人生の初期段階および後期段階において自分の属する文化を使いこなす能力を獲得する”と定義している。また、一歩進んで、同じく人類学者のウィルバートは、文化化とは“定型的、非定型的および準定型的な文化伝達のモードを通して、個人が、言語、技術、社会経済的、観念的、認知的、感情的な文化のパターンを取得する、生涯継続する過程である”とし、教育は文化化そのものであると定義している。ここで、家庭における日常生活を通しての“文化化”のように、形式の固定しないものは“非定型的文化化”、学校教育のような形式が決まっている“文化化”を“定型的文化化”、そしてこの両者の中間に位置するお祭り、礼儀作法、年齢集団に通しての“文化化”を“準定型的文化化”と区別している。

一方で、文化とは、所与の環境条件に対する最適の適応方法として所与の集団が歴史的に発展させ、世代的に伝達継承されてきた独自の行動様式であり、それは、言語・コミュニケーション方法、価値・規範・信仰、社会関係・社会組織・儀礼、生活の道具・技術・習慣などから構成され、それらの構成要素(ないし側面)は構造的に、機能的に相互に関連し合い、一貫性と整合性を有している一つの全体的な行動のシステムである。文化を構成するサブシステムとして、言語体系、道具・技術体系、社会体系、思想体系の四つの領域があり、これらのすべてが何らかのシンボルを介して、個人に内面化されることによって、個人はその文化およびその文化を持つ集団に対する帰属感、すなわち集合的アイデンティティを獲得する。

現代ウイグル人は基本的に独自の“トルコーイスラーム文化”に属する総人口1000万人を超す民族集団であることは周知の通りである。東トルキスタンは1887年清国に占領されてから現在に至るまで、ウイグル人は“トルコーイスラーム文化”への所属するアイデンティティを変えたあるいは変えられたことはまだない。東トルキスタンを支配してきた清国も、その後の中国系軍閥や中華民国政府も、幾度に亘ってウイグル人の文化に対する侵略を企んではいたが、その試みはすべて失敗に終わっていた。

中国共産党は東トルキスタンを占拠し、その支配を確立する各段階において、一貫してウイグル人の文化を発展させることを約束し、具体的施策としてウイグル語による学校教育を容認してきた。それにより、東トルキスタンにはウイグル語による学校教育システムは小学校から大学までとても初期的とはいえ、整備されていたのである。これは、『中華人民共和国憲法』第1章第4条4“いずれの民族も、自己の言語・文字を使用し、発展させる自由を有し”の規定に従い、また、『中華人民共和国民族区域自治法』第三十七条“民族自治地方の自治機関は自主的に民族教育を発展させ、文盲をなくし、各種学校を起こし、初等義務教育を普及させ、.....少数民族専門人材を育成する”、“少数民族学生を主に招集する学校は、条件が許す限り少数民族文字の教科書を用い、少数民族の言語で授業を行うべき;.....”との規定に従う合法的施策であった。ところで、中国共産党は1996年3月19日北京で東トルキスタンにおける中長期戦略を検討する中央政治局拡大会議を開き、中国の中長期的な国家戦略に合わせて、東トルキスタンにおける政策を全面的に見直し、会議内容を総括し、「中共中央政治局拡大会議新疆工作紀要」(別名“中共中央七号文件”極密級)として全国の高級党幹部に通達した。この党内機密通達は、東トルキスタンの情勢を分析した結論として、主な危険は“民族分裂主義と非合法宗教活動”によるものであり、この危険を根絶するためには、政治、経済、教育、文化、外交、軍事のあらゆる方面から必要な措置を講じ、それと徹底して戦い、中国の国家戦略を実現するために、東トルキスタンの長期にわたる安定を保たなければならないと定めた。その中で、教育における措置として、東トルキスタンでより早い段階で中国語を普及し、東トルキスタン住民(基本的にウイグル人)の中華帰属意識を高め、それによって民族分裂活動を根本から解決すると主張した。

この秘密会議の後、中国教育省は中国本土の北京、上海、広州など十数の大都市で、主に東トルキスタンのウイグル人高校生を教育する“新疆高校クラス”を開設し、東トルキスタン南部から農家の中卒生を親元から離し、高校教育を施す国家プロジェクトを発足させた。このプロジェクトの狙いは明らかにウイグル人の高校生を中国共産党のイデオロギーで教育し、党のための幹部を育ち、彼らを将来中国共産党のために精を尽くす道具にすることである。しかし、1997年からは中国の各大都市に中学校クラスも設け、もっと低年齢のウイグル人の少年少女を教育する国家プロジェクトをスタートさせた。これは、過去にカナダやオーストラリアなどの白人が原住民の子供を小さい時から親元から離して、彼らを同化するために行った植民地教育の中国版そのものである。

2002年6月、今度は中国教育省が直接通達を出し、東トルキスタンの各大学でウイグル語による授業を禁止した。明らかに、これは『中華人民共和国憲法』と『民族区域自治法』の規定に違反する政府の行政命令だが、一党独裁の中国では当然のように実行された。さらに酷いことは、“バイリンガル(双語)教育”という名の下で、“中共新疆ウイグル自治区委員会”が強制的に東トルキスタン全土で推し進める“中国語教育”である。この措置は、まず東トルキスタン全土の中学校・高校で、理科系授業をすべて中国語で行うことを定め、多くのウイグル人教師を教壇から追い出し、その代わりに中国本土から休職中の中国人大卒生を就職させた。2006年から、さらに進んで東トルキスタンのすべての小学校で、ウイグル文学以外すべての授業が中国語で行われることが決められ、多くのウイグル人の小学校の先生が職を失うことになった。同時に、東トルキスタンのウイグル人人口が8割から9割を占める農村地域で、中国政府は国家予算を投入し、中国語だけの幼稚園を大量に開設し、ウイグル人を赤ちゃんから中国語で教育する国家プロジェクトを立ち上げたのである。ここに来て、中国共産党の目的はよりはっきりした。つまり、中共の狙いは、ウイグル人はウイグル語を口にすることを完全に放棄し、赤ちゃんの時から、中国語を話さなければならないことである。

シカゴ学派による移民の文化的適応過程に関する研究で、“同化”理論がある。アメリカの「建国民族」を自負するアングロ・サクソン系の人々の言語と文化(社会的制度やライフスタイル)をもって“主流”とし、新しい後続移民はそれを受け入れるのが当然だとする国民的統合の理論である。その過程は“アングロ同調主義”あるいは“アメリカ化”と呼ばれた。中国共産党は東トルキスタンで推し進めている“中国語教育”は、正しくこのシカゴ学派の“同化”理論の中国版であろう。すなわち、中国人(漢族)は中国の支配民族で、あらゆる面においては優れている。東トルキスタンのウイグル人、カザフ人などは少数民族、遅れている。この遅れた“少数民族”が現代社会で生き残るには、中国語を話し、中国人の国家制度と生活スタイルを受入れなければならない。数千年自分たちの国東トルキスタンで、人類の文明発展にも大きく貢献してきた誇り高いウイグル人にとって、中国共産党のこのような考えは正しく歴代中華王朝となにも変わらない、悪名高い“中華思想”の再来であろう。

現在、東トルキスタンのすべての幼稚園、小学校、中高学校、大学で、所謂“新疆ウイグル自治区”という中国の憲法で定められた自治権をもっているウイグル人は、自民族の文化の中核である言葉を勉強する権利が完全に奪われている。東トルキスタンの大学や小中学校で、ウイグル語話すことが禁止されているほどである。正しく言葉の抹殺そのものである。昨年の10月23、24日チベット人が多く住む青海省で“中国語教育”に反対するチベット人学生の大規模なデモ発生して国際社会の注目を集めた。しかし、東トルキスタンでは軍事管理下に近い状態にウイグル人が置かれ、中国の法律に違反する言語政策は一方通行の形で行われ、これに反対するウイグル人は大量に退職処分か、逮捕されて刑務所入れられる運命に遭い、国際社会の注目になっていないところはチベット人の状況とは大きく異なる。東トルキスタンは様々な意味において、中国にとっては全く手放さない大地。東トルキスタンの主人公ウイグル人は中国にとってこの地球上で一番存在してほしくない民である。彼らの存在自体、中国共産党とその政府にとって脅威であり、絶滅させなければ敵であろう。


文: 中央アジア研究所代表
トゥール ムハメット

TPPを考える(2) TPPに過激反応する思想の背景(2011/11/12)

━━━米韓FTAは現代の日韓併合条約
TPPへ国民の関心を引きつけたのは経済産業省のキャリアで現在は京都大学に出向中である、中野剛志氏の「TPP亡国論」であろう。さらに経済評論家の三橋貴明氏もTPPに対してブログや討論番組などで警戒を提言した。両者の議論が反対派の根拠となったことは疑いのないところだろう。中野氏は世界経済を牽引してきたアメリカの消費はリーマンショックによって打撃を受け低迷、国内の失業対策として輸出を強化をうちだしたという。アメリカ政府の戦略は「輸出拡大による国内の雇用の確保 」であるとしている。三橋氏は日本経済がデフレの今日、自由貿易は悪影響を及ぼすとTPP参加へ警告を出している。更に韓国とアメリカの間で締結批准されたFTAで様々な不平等があるという指摘がなされている。ISDS条項、ラチェット条項、スナップバック条項、未来最恵国待遇などややもすると「経済植民地」などという過激な文言でそれを比喩されるようなアメリカに有利な契約内容が羅列される。まさしく韓国はアメリカの経済植民地となったといえる。

TPPは自由貿易協定なのであろうか。自由貿易協定であれば一方ができて一方ができないという約束はないはずだ。ということはTPPは自由貿易協定の装いはしているが本音は別にあるのではないだろうかという疑問が浮かぶのは当然であろう。アメリカが企図している自由貿易を広めるということではないようだ。


━━━純粋な自由貿易とは何か違うTPP

自由貿易を推進する理論的バックグラウンドはリカードの比較優位だろう。当然実態の経済でそれが適用できるかどうかは別の問題である。簡単に説明をすると両国がそれそれ得意分野に専念した場合、全体で生産量が上がるということだ。スウェーデン銀行賞を受賞したポール・サミュエルソンは、比較優位について「経済学はこれ以上含蓄のある発見をほとんどしていない」と言っている。

このように交易条件のフラット化は、ものの行き来だけではなく投資も促進することになる。実はアメリカの戦略は投資先の確保にあるのではないだろうか。欧米や日本の経営者に多大な影響を及ぼしたピーター・ドラッカーは企業の社会貢献を提言し知識社会の到来を予言した。国際的な分業によって先進国は知的労働に専念すべきだと提唱した。

IBMはレノボに製造部門を売却した。アップルは製造部門を中国に移転して、本国には管理部門や開発部門のみとする国際分業の恵沢で他の追随を許さない巨大企業となった。韓国の三星電子も国際分業をすすめ、現在では日本の情報家電企業を大きく上回る利益を上げている。人口減少傾向の日本では規模の経済を発揮できずグローバル化した企業にはかなわないということだろう。

TPPを推進することはアメリカのGDPには貢献するが、国内の雇用対策にはならない。むしろ雇用はTPP参加国へ移行することになる。つまりTPP参加によって得をするのはアップルような多国籍大企業だけである。さらに日本はデフレではなく円高不況だという議論もある。ものの価格の下落=デフレではない。よってデフレとアメリカの雇用対策というTPPへ反対する議論の前提がやや焦点ぼけにはならないだろうか。TPPは純粋に自由貿易を目指す経済連携ではない、というのが私の提供モデルなのである。


文: 中川信博