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iPod研磨技術(小林研業)(2013/08/13)

━━━Appleに認められた・・・
金属の研磨には何種類か方法がありますが、鏡面仕上げをするにはバフ研磨と呼ばれる方法が一般的です。柔らかい磨き布(バフ)に研磨剤をつけ、バフを回転させてそこに磨く製品を当てて磨いていきます。バフに触れている部分がみるみる磨かれていき光沢が出ます。強く押し当てたり、長く磨きすぎると傷ついたり、素材が薄くなってしまうので、経験が必要です。そのバフの中には小林氏が考えて出来たTBバフがあります。TBバフが出来たきっかけは、もともと研磨に使うバフは、サイザル(麻)と言う植物で造ったバフを使っていました。そのバフに研磨剤を付け研磨をしていたのですが、あまり奇麗に磨けませんでした。サイザルで造ったバフは研磨をするとサイザルが製品に刺さり傷を付けていました。最後の仕上げで、その傷を落とすのですが、とても大変で手間と時間がかか作業でした。小林氏はその手間を無くす何かいい方法はないかと表面を傷つけない布を探しました。そして布を見つけて造ったのがTBバフです。TBバフは製品を傷つけずに鏡のように仕上げることができました。TBとは小林氏が付けた名前でTBのTは布を造っている会社の頭文字とBはバフのBを取っているそうです。TBバフは最初小林研業だけが使用していましたが。今は色々な場所で使われています。しかし、値段が高くなかなか手が出しにくいそうです。

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ipodを短期間で良い物を出せたのはTBバフが有ったからだと言えるでしょう。ipodの鏡面加工の依頼が来たきっかけは、最初に他社がipodの仕事を受けており、そして、最後の仕上げの鏡面研磨を小林研業が依頼されました。台湾や大阪でも少数のipodを研磨していましたが、一番難しく、しかも数の出るipodが小林研業に来ました。ipodの研磨は非常に難しく表面は緩やかなドーム状になっており、しかも0.5ミリの板をプレスした製品が来るので薄いところでは0.3~0.4ミリに延びています。それを不良を出さないように研磨していきます。しかも研磨をすると熱が発生します。ステンレスは熱を加えると延びてしまい歪みの元になってしまいます。その為、熱を逃がしながら歪まないように研磨していきます。鏡面研磨の最初の要望は800番グレード(ほぼ鏡と同じ位の光沢)を要求されていました。しかし、直しが出てしまい研磨し直すと、850番グレードになり基準が850番グレードになりました。そうして、次に直しが出ると900番グレードにるので、最終的には良い物を追求した結果1000番グレードが要望基準になりました。

━━━磨き屋シンジケート
小林氏は生き残りの為に地元の研磨業者を集め、磨き屋シンジケートを03年に立ち上げました。磨き屋シンジケートは小林研業が監事をやっています。事務局は燕商工会議所内で担当者が3~4人います。事務局の担当者が仕事を受け取りその仕事内容に相応しい会社に振り分けています。どの磨き屋でも出来るような仕事の場合は、監事にFAXが届きそこで、希望者の募集をかけて仕事をお願いします。その時希望者が複数の時は希望者同士が話し合いをし仕事を決めていきます。小林氏は、「人と同じ事をやっていては右肩下がりになってしまう、そうしない為には、アイデアや技術で尚且つ人と違ったことをやって生き残りにつなげていくようにしている。」と語ってくれました。

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━━━その技の伝承を安倍総理が・・・
平成19年2月25日小林研業に安倍晋三さんが訪問されました。小林研業は色々な雑誌に載りそれが沢山の人の目に留まりました。そしてそれから福岡大学の会場内で講演しました。その講演した内容が内閣の耳に入り安倍元総理が訪問することになったそうです。安倍元総理は最初に新潟県長岡市を訪れました。平成16年に発生した中越地震の被災者が住む仮設住宅を訪問しました。次に小千谷市で西軍墓地を訪れそして、燕市に移り、中小企業の方々と意見交換をした後に、新潟市で小林研業を訪問し研磨体験をしました。その後、市内のホテルで帰国拉致被害者と面談をしました。安倍元総理は、中小企業のことを非常に理解してくれている方だったそうです。次の日に安倍元総理より小林氏に電話あり、後継者を育てて下さいと言われたそうです。その約束を守る為に小林研業はがんばっているそうです。今は大学を卒業した若者二人を後継者として育てているそうです。小林研業は小林氏の住まいの横にあり、田畑が広がる場所に平屋の工場が有りました。ここで4~5人の研磨職人が働いており黙々と作業をしています。

━━━仕事は自分で作れ
次の仕事は先読みして自分で作るのが小林氏の理念です。今はエコカップと言う不思議なカップを製作しています。このカップは普通のビールを入れると生ビールになると言う不思議な代物。これを研磨してロゴ入れして各方面に販売しておられます。売れ行きは上々らしく大きな会社からも引き合いが来ているそう。そして下の写真はなんだか分かるでしょうか?これはカンオープナー。ハイヒールのつま先にジュースや缶ビールのプルトップを差し込んで開けるものです。もともとはネイルショップの方からの依頼で試作されたそうですが、石田製作所がこれを作り小林研業で最後の磨き仕上げをしています。

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工程が複雑で製作には苦労されているそうですが評判は上々。携帯電話やキーホルダーにもってこいと誇らしげに語られていました。小林一夫氏は、とても気さくで明るい方で、取材にも快く協力していただきました。小林社長の机の向こうには安倍晋三元総理からの色紙が今も大切に飾られています。

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サッカーのホイッスル(2013/08/05)

━━━こだわり
ホイッスルは試合を左右する大きな役割を担っています。大歓声に沸く広いスタジアムの中で、審判の意思をすばやく的確に伝えることは難しく、しかも主審が1試合に走る距離は約12km にもなります。そんななか、軽く吹くだけで良い音が出るホイッスルは心強い味方です。そのためホイッスルの音色にこだわりを持つ審判は多くいます。

1998年のFIFAワールドカップ・フランス大会で、日本男子サッカーチームが初出場をはたしました。その大会の中に世界に注目されたメイド・イン・ジャパンがありました。それは、表面が鏡のように美しく金色に輝く、真鍮(しんちゅう)の「ホイッスル」です。それは、軽く息を吹くだけで、高く澄んだ音色が広いスタジアムに響きわたります。実はこのホイッスルは、1978年のアルゼンチン大会からすべての大会で使用されていて、2010年の南アフリカ大会でも使用されました。

※真鍮とは…銅と亜鉛との合金です。黄色でさびにくく、鋳造・加工が簡単です。黄銅ともいわれます。

※FIFAワールドカップのホイッスルは審判が個々に好きなものを使用してよいことになっています。

━━━素晴らしい音色

このホイッスルは小さな町工場で作られてます。真鍮製でコルク玉を使っていて、「オリジナル4層構造」「高精度加工」「オリジナルコルクボール」などの加工技術を使用していて、鏡のような美しい輝きの表面をしています。音色は広く広がる高音が特徴で、大きなスタジアムでも良く響くことから評判になっています。30年以上前から日本製の真鍮ホイッスルは登場し、数々の熱戦を支えてきました。鏡のように美しく輝き、ひときわ高く澄んだ響きは、今や世界中のサッカーの審判だけに限らず多くのスポーツで使用されています。また、2010年FIFAワールドカップ・南アフリカ大会で、4試合主審を務めた日本人審判が使っていたホイッスルは別の日本製のものでした。

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━━━日本ならではの作り

コルク玉のないホイッスルで、素早く音がでて、4オクターブの音によって、太くキレのある高音がスタジアムに響きわたります。弱く短い合図から強く長い警告までそのときに必要な表現を自在にコントロールする事ができるのも特徴のひとつです。また、シャープな外観と瞬時に構えることが可能になったフリップグリップによって、使いやすさを向上させるなど、機能的デザインも追求され、「2010年グッドデザイン賞」にも選ばれました。こちらは唯一のサッカー審判専用ホイッスルで、現在Jリーグ唯一の公式用具になっています。日本製の2種類のホイッスルはこの大会で話題となったアフリカの民族楽器「ブブゼラ」の大きな音の中でも誰にでも聞こえるようにしっかりとした音を響かせていました。

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新幹線(2013/08/05)

━━━こだわり

新幹線とは、日本の高速鉄道のことで、全国新幹線鉄道法では「その主たる区間を列車が二百キロメートル毎時以上の高速度で走行できる幹線鉄道」と定義されています。そのため、特に安全面で世界でもトップクラスの技術を使っています。そのおかげで、1964年に開業して以来、一度も乗車中の乗客が死亡するような重大事故を起こしていません。新幹線で使われている技術は以下のようになります。

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━━━新幹線で用いられている技術

一般の人や車が入れないようにするため、踏切のない全線立体交差の新幹線用の線路を走る。

カーブの曲率半径をなるべく大きくして、直線部分が多くなるように線路を作っている。

通過列車と人が接触することを防ぐため、駅のホームには安全柵を設置している。

新幹線はテスト時の最高速度が時速433kmであったが、安全を確保するため、運行時は最高速度を時速300kmに抑えている。

自動列車制御装置(ATC)という、運転室内に運行するための速度が表示され、必要なときには自動でブレーキが作動する装置がある。これは運転士が信号機を目視だけで確認して列車を運転することは新幹線の速度では不可能だからである。また、故障したときのため、同じシステムを3系統配備してあり、もし故障しても多数決の原理で残り2系統で正しく運転できるようになっている。

運転指令所の列車運行管理システム(PTC)によって、すべての列車の運行状況を一括管理する列車集中制御装置(CTC)、列車の遅延などが起こったときに安全で迅速に平常ダイヤへ復旧できるように支援する運転整理システム、旅客案内表示器に即座に正しい情報を表示する旅客案内情報処理装置(PIC)、車両や乗務員の運用管理や緊急時の車両や乗務員の手配をする運用管理システムなどを一括管理している。車体はもともとは炭素鋼で造られていたが、コストダウンと軽量化のため現在はアルミニウムで造られている。

車体の先頭車の先端部分は高速でトンネルに入るときの気圧の変化による騒音を抑えるために長く伸ばされてカモノハシのような形になっている。

車両は気圧の変化による不快感を減らすため気密構造になっている。

ブレーキはモーターを発電機として使って止める電気ブレーキとディスクブレーキにブレーキリライニングを押し付ける基礎ブレーキの両方を使うが、その比率は自動的に調整される仕組みになっている。

地震が起きた場合は、早期地震検知警報システム(ユレダス)によって、各地の地震計がP波を検知したり一定以上の地震波を検知した場合に変電所から列車への送電を自動で停止して、非常ブレーキを作動させて被害を最小限に抑える。

非常ブレーキ時は、立っている乗客がいる可能性があるため、完全停止に時間で1分30秒、距離で4km必要になる。

このようにさまざまな技術があって、開通して現在まで乗客の死者はひとりも出ていません。ただし、地震に関しましては、一歩間違えれば大事故という状態が多いです。2004年の新潟県中越地震のときは震央のすぐ近くを走っていた「とき325号」が脱線しました。このときは偶然、排雪溝にはまったので、横転などもせず、奇跡的に乗客全員けがもなく無事でした。2011年の東日本大震災のときは震源地が少し離れていたので、「ユレダス」によってすべての新幹線が緊急停止をしてから本震がきたので、脱線・転覆は起きずに済みました。

では、これまでの新幹線の歴史とこれからの予定をみていきましょう。

━━━新幹線の歴史
1964年10月1日 東京オリンピック開催に合わせて東海道新幹線開業。最高速度210km/h(一部区間で160km/h)で、東京駅−新大阪駅間を4時間で結んだ。

1965年10月 東海道新幹線で徐行運転解除し最高速度210km/hの運転開始。東京駅−新大阪駅間を3時間10分で結ぶ。

1970年 大阪万博開催に合わせて、それまでの12両編成から16両編成に拡大。

1972年3月 山陽新幹線が新大阪駅−岡山駅間で開業。

1975年3月 山陽新幹線の岡山駅−博多駅間が開業し、全線開業。最高速度は210km/h。東京駅−博多駅間は6時間56分。

1982年6月 東北新幹線が大宮駅−盛岡駅間で開業。最高速度210km/h。

1982年11月 上越新幹線が大宮駅−新潟駅間で開業。

1985年3月 東北新幹線と上越新幹線の上野駅−大宮駅間が開業。東北新幹線は最高速度240km/hに引き上げ。

1986年11月 東海道新幹線と山陽新幹線の最高速度を220km/hに引き上げ。東京駅−新大阪駅間は2時間56分。東京駅−博多駅間は5時間57分。

1987年4月 国鉄の分割・民営化。

1988年3月 上越新幹線の一部の列車を最高速度240km/hに引き上げ。

1989年3月 山陽新幹線の最高速度が230km/hに引き上げ。東京駅−博多駅間は5時間47分。

1990年3月 上越新幹線の一部の列車を最高速度275km/hに引き上げ。

1991年6月 東北新幹線と上越新幹線の東京駅−上野駅間が開業。

1992年3月 東海道新幹線で「のぞみ」が運転開始。最高速度が270km/hに引き上げ。東京駅−新大阪間は2時間30分。

1992年7月 在来線に直通運転ができるようにしたミニ新幹線として、山形新幹線が東京駅−山形駅間で開業。福島駅−山形駅間は在来線扱いとなるため最高速度は130km/h。

1993年3月 山陽新幹線でも「のぞみ」が運転開始。最高速度270km/hに引き上げ。東京駅−博多駅間は5時間4分。

1997年3月 東北新幹線の最高速度を275km/hに引き上げ。ミニ新幹線として、秋田新幹線が東京駅−秋田駅間で開業。盛岡駅−秋田駅間は在来線扱いとなるため最高速度は130km/h。

1997年10月 長野オリンピックに向けて、北陸新幹線の高崎駅−長野駅間が長野新幹線として開業。最高速度は260km/h。

1997年11月 山陽新幹線の最高速度が300km/hに引き上げ。東京駅−博多駅間は4時間49分。

1999年12月 山形新幹線の山形駅−新庄駅間が開業。

2002年12月 東北新幹線の盛岡駅−八戸駅間が開業。

2004年3月 上越新幹線の最高速度を240km/hに引き下げ。東京駅−新潟駅間は2時間10分。九州新幹線の新八代駅−鹿児島中央駅間が開業。

2010年12月 東北新幹線の八戸駅−新青森駅間が開業し、全線開業。東京駅−新青森駅間は3時間20分。

2011年3月 東北新幹線の最高速度を300km/hに引き上げ。東京駅−新青森駅間を3時間10分で結ぶ。九州新幹線の博多駅−新八代駅間が開業し、鹿児島ルートは全線開業。最高速度は260km/hで、博多駅−鹿児島中央駅間を1時間19分で結ぶ。

2013年 東北新幹線の最高速度を320km/hに引き上げる予定。

2014年度 北陸新幹線の長野駅−金沢駅間が開業予定。

2015年度 北海道新幹線の新青森駅−新函館駅間が開業予定。

2022年度 九州新幹線長崎ルートの武雄温泉駅−長崎駅間が開業し、全線開業予定。

2025年度 北陸新幹線の金沢駅−敦賀駅間が開業予定。

2027年 中央新幹線(中央リニア)の東京−名古屋間を先行開業予定。最高速度505km/hを予定。東京−名古屋間を40分で結ぶ予定。

2035年度 北海道新幹線が新函館駅−札幌駅間の開業で、全線開業予定。最高速度360km/hを予定。東京駅−札幌駅間を3時間57分で結ぶ予定。

2045年 中央新幹線(中央リニア)の名古屋−大阪間を開業し、全線開業予定。東京−大阪間を67分で結ぶ予定。

新幹線が開業した当時は世界で一番速い鉄道でした。しかし今の営業運転速度300km/hは、世界3位タイです。現在は最高速度は上げずに、カーブでスピードを下げずにすむ車体を開発して、全体の運行時間を短縮しています。ただし、最高速度の世界一は2003年に有人実験で581km/hを出した日本のリニアモーターカーです。

━━━世界への新幹線技術の輸出

これまでに日本の新幹線の技術が海外に輸出されたのは、台湾、イギリス、中国です。台湾とイギリスから受注をうけた車両はすべて日本国内で製造して、それぞれの国に納品しました。しかし、中国の場合は違って、契約に中国への技術供与が入っていたため、ライセンス生産としてほぼ全てを中国企業が製造しました。
今後の輸出先の候補としては、ベトナム、インド、アメリカ、ブラジル、ロシアなどがありますが、日本の新幹線とフランスのTGVとドイツのICEとで争っています。

日本の新幹線の本当にすごいところは、営業速度300km/hで走るのに在来線の通勤電車と同じように5分に1本くらいの間隔で東京駅を出発し、かつ1年間の平均遅延時間は0.3〜0.8分と1分未満というところです。他の国の高速鉄道は1時間に4本〜6本くらいの本数で運行しています。このように高い技術と安全性を持った日本の新幹線が世界のいたるところで走るようになってもらいたいものです。

日本の浄水処理技術(2013/08/01)

地球上の水(13億8600万k㎥)のうち2.5%が淡水で、そのうち約70%は氷河や雪などで残り約30%が利用出来る水とされています。国連は2050年には、70億人が水不足の危機に直面するという。この問題に光明を与える、海水淡水化や排水再生という水処理があり、その一つに逆浸透膜浄水処理がある。日本の逆浸透膜浄水処理の技術は優れており世界中で高く評価されています。現在、逆浸透膜の生産国として世界シェアおよそ50%を占めており、中東やアフリカ、中国などに浄水処理プラントの建設も行っており、世界中の水不足に日本の技術が貢献しています。また、放射性物質の除去にも効果があることが確認され、原発事故による放射能汚染で今後の除染作業に役立つのでは?と期待もされています。

━━━逆浸透膜とは

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半透膜で仕切られた容器に真水と食塩水をそれぞれ入れた時に、同じ濃度になろうとして、真水の方の水分子は、濃度の高い食塩水の方へ自然に移動することを「浸透」と言います。これに対し、食塩水に浸透圧より大きい圧力を掛けることで、食塩水の水分子だけが浸透膜を透過する、浸透の原理(低濃度→高濃度)とは逆の働きから「逆浸透」といいます。人間や植物の細胞膜(半透膜)の、水分子だけを浸透させるメカニズムを応用したものである。逆浸透膜は、水溶液から水の分子だけを浸透させ、不純物は透過させない孔の大きさが2ナノメートル以下の膜のことで「Reverse Osmosis Membrane」の頭文字から「RO膜」とも呼ばれています。

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逆浸透膜の孔の大きさは、水分子より少し大きく、最も小さいウィルスでも20ナノメートル程度であるから逆浸透膜を透過する事が出来ない。また水分子とあまり変わらないイオンの場合は、浄水器メーカーによると、「浸透膜の穴の大きさが水分子2つ並ぶ大きさより小さくなると浸透膜表面は溶媒である水分子の膜で覆われ、その水分子の膜の中には溶質であるイオンは入り込めない状態になり、浸透膜の穴を行き来するのは水分子だけとなります。
それにより、水分子と余り大きさの変わらないイオンサイズの不純物も分離除去できるのです。これは、逆浸透膜に起こる現象から推測した諸説の中の代表的なものです。」と説明している。

1950年代からアメリカで将来の水不足解消の為に海水淡水化の研究開発が始まり、1960年代には逆浸透膜浄水器として実用化された逆浸透膜浄水器は、豪華客船クイーンエリザベス号にも搭載され、最近の船舶には、ほぼ装備されているという。また、海水淡水化以外に不純物を取り除き純水を作れる為、日本のPKO(国連平和維持活動)イラク、カンボジア派遣の際、隊員の飲み水の確保としても使われています。スペースシャトルや宇宙ステーションでは貴重な飲料水を確保する為に排泄された尿を逆浸透膜浄水装置でろ過し、飲料水として飲まれているくらい、逆浸透膜は高い性能と安全性、信頼性をもっているのです。

日本では、1970年代に東レ、東洋紡、日東電工などが、アメリカから技術導入を行い開発に取り組んだ。海水淡水化の分野では欧米に出遅れたが1980年から財団法人造水促センターが中心となって、それまで無かった逆浸透膜のモジュール化による一段処理を実用化し、世界の主導権を握るに至った。一方でこの頃から、逆浸透膜の用途がより付加価値の高い浄水処理(水道水の製造)、工業用の純水や超純水の製造、下水の再利用、果汁や乳製品・化学薬品の濃縮など用途、目的も多様化した。

━━━日本の優れた技術
日本の逆浸透膜の製造技術は、半導体製造に必要であった超純水の製造で培われたといわれています。現在、海水淡水化用でトップシェアを誇る日東電工の逆浸透膜は、塩分除去率99.8%と世界最高レベルである。東洋紡は原料に塩素に強い「三酢酸セルロース」を使用しています。それは、アラビア湾は塩分濃度が高く微生物も多い為、塩素殺菌が必要となります。そこで塩素に強いモジュールが高く評価され、中東地域で50%以上のシェアを誇っています。東レは、サブナノメートル(ナノメートルの10分の1)の制度で孔径を制御した「高ホウ素除去RO膜」の開発に成功した。ホウ素は海水に含まれており生殖阻害毒素と言われており、従来の逆浸透膜では除去出来なかった。また自社最新の海水淡水化逆浸透(RO)膜を用いてセシウムやストロンチウムなどの放射性物質を100分の1レベルまで除去できることを確認したと発表した。一定条件下で評価試験をしたところ、セシウムとヨウ素は約300分の1に、ストロンチウムは約1500分の1に除染が可能であると確かめた。他にも、「低浸透圧RO膜」として送水ポンプの省エネ化やコストダウンを図ったものなどもある。

このように各メーカーは、用途、水質特性に合った技術開発を行ってきた。世界で高く評価され、国際シェアを確保するに至った日本の技術力には驚きである。ナノレベルという肉眼では見えないものに、日本製という信頼の高さもあるのではないでしょうか。

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塩分99.8%カットするモジュールと浄水プラント