世界からの日本の評価」カテゴリーアーカイブ

(3) 親日国シリーズ(2013/11/19)

大震災というと台湾と共に親日国のトルコ大地震を思い出します。他国からの援助隊が絶賛した日本のハイテク技術による救出。神戸の時の仮設住宅をすぐに送りました。にもかかわらずNHKは全く逆の日本の援助大失敗と放送しています。隠れたいい話があります、イスタンブール近くの消防署、日本が建て直ししました。毎日日の丸掲げ君が代が流れます。

まだある台湾への感謝。日本を心の祖国という、台湾の少年工兵がいます。 戦時中志願により、約8400名が座間の海軍の雷電作る工場に来ました。台湾と違い寒く食料も少なく、それでも勉強したりはたらきました。爆撃を受け亡くなった方もおり、靖国に祭られています。6年前、座間で同窓会。君が代を熱唱しました。

台湾に感謝。忘れないでください。宮崎県の口蹄疫、海外から唯一義捐金を宮崎県に送ってきています。台湾との交流を窓口にしている財団法人「日台交流協会」に駐日代表が持参しました。宮崎県は昨年夏の台湾台風被害にお見舞い金送っている。今年は1月から、宮崎台北直行便が就航しています。

横浜・神戸・長崎にある中華街。元は日本の開港に伴い広東人が移住、日清戦争によりほとんど帰国、台湾統治により多くの台湾人により現在の中華街ができました。中共人による中華街ではありません。全国の中華学校も同様です。池袋に勢力伸ばす中華街は中共です、皆さんよく見極めてください。

親日国オマーン、震災支援の4番目の国は中東で人口わずか320万人のオマーンです、一人当たりにすると台湾と変わらなくなります。戦前退位したタイムール殿下は憧れの日本に来日、当時19歳の大山清子さんと恋に落ち一女設けました。大山さんは病で死に殿下は王女と帰国。日本を忘れていないのです。

(2) 親日国シリーズ(2013/11/18)

インド洋の楽園モルディブ。イスラム国としても有名ですが、現大統領の夫人はインドネシア財閥IKAの総師の妹です。スマトラ大地震でほとんど津波の被害は受けませんでした。日本のODAによる波消しブロックでリゾートも含め無事でした。日本のマグロ漁業の基地もあります。インドネシアと共に日本に感謝しています。

親日国、エチオピア。第一次大戦、アフリカ唯一の黒人社会独立国を守ろうと、米黒人社会の要請で、人権平等の旗手日本に要請がきました。兵士のパイロット訓練等、さらには帝国軍の派遣まで検討しました。特筆は、エチオピア皇太子に皇族の黒田雅子様との結婚計画です。実現はしなかったが、世界の黒人社会が日本を認めました。

1919年パリ講和会議。日本が「人種平等の原則」を国際連盟規約に掲げる提案をしました。英米の反対で不成立に終わりましたが、この日本の行動に米黒人社会は大絶賛をしました。第二次大戦において、黒人社会は日本との戦争に大反対をしています。黒人指導者デュボイスは来日の際、帝國ホテルフロントは白人を優先しない姿勢に感銘しました。

親日国、ベルギー。古くは1866年の修好通商、航海条約に始まります。関東大震災の時「日本救済委員会」を設立し、元兵士を中心に支援してくれました。これは第一次大戦の時、ドイツ侵略と戦う兵士に対し数々の支援をした日本への絶賛の賛辞で恩に報いるためでした。ベルギー国民のワールドカップ時「日本だけとは戦いたくない」といわれました。

約10年前の天皇皇后両陛下のブラジルアルゼンチン訪問を覚えていますか。現地各マスコミが、国民との真心こもった交流に「陛下訪問は日本がある国に対する最上の敬意」として号外まで出した。そして過密スケジュールをこなす両陛下を称え、自国の「最上の敬意」を伝えない日本のマスコミを酷評しています。

(1) 親日国シリーズ(2013/11/11)

韓国、中共の教科書を見ると世の中にはもう一つ別の知らない世界があるのかなと思います。パラオ、台湾、シンガポール、タイ、ミャンマー、インド、フランス、ベルギーの教科書を見ると、つい胸を張りたくなります。日本の事をそのままに讃えています。でも「実るほど頭を垂れる稲穂かな」これが日本人です。

あまり知られていないパラオ事情。唯一の公立パラオ高校には、日本語が選択としてありほぼ全員が受講しています。三重県は5代大統領クニオ・ナカムラの父が出身で友好関係にあります。首都コロールは東京と姉妹都市です。日本からは平成21年から成田と直行便が就航しています。南国といわれるのを嫌う、理由は日本と同じ北半球だからと嬉しそうに言います。日本のかつお船の基地があり、乗り込んでかつお漁はパラオの若者に大人気の仕事です。

パラオやブータンがとても親日国であることは有名ですし、皆さんもよく理解されていることと思います。パラオもブータンも、日本が国連に何か議題提出とか提案をするときに、賛同の署名を競うようにしてくれるのが両国です。共同提案となることも数多くあります。

ブータン前国王、昭和天皇の大喪の礼ご参列の時は34歳でした。50過ぎには御子息である現国王が継承五代目即位し25歳でした。日本からブータンに派遣された西岡京司氏が農業指導を行い、前国王は西岡氏が亡くなった時には国葬として執り行い、国中が喪に服しました。西岡氏はブータンの農業の父と呼ばれています。ブータンサッカーの監督は歴代二人とも日本人です。

ブータン国王は、一昨年の震災の翌日には100万ドルの義援金を真っ先に送付され、国をあげて日本の震災に対する国王主催の供養祭を執り行いました。ブータンの100万ドルは日本の価値に置き換えると約480億円にもなります。そして震災のその年、9月には首相も来日、11月には国王が新婚旅行で国賓として来日しました。皇太子殿下並びに秋篠宮両殿下もブータンをご訪問されています。

パラオの昨年4月の中共漁船取締り。1人を射殺し25人を拘束し、3隻拿捕しています。パラオ警察当局側は、監視飛行機が撃墜され3名行方不明になりました。しかし中共は一切沈黙し、米軍がグアムから派遣されました。パラオのような小国でも毅然と対応しています。台湾とは毎日航空定期便が運行されています。アンガウル州の公用語はパラオ語・英語・日本語です。

世界からの日本の評価 Vol.9(2013/0818)

━━━インド ラダ・ビノード・パール判事(東京裁判判事、法学者)
「日本が戦争にふみきったのは侵略のためではなく、独断的な現状維持政策をとる西洋諸国によって挑発された為であり 東京裁判は『正義の実現ではなく勝利者による復讐』である。」

━━━インド ラグ・クリシュナン元大統領
「インドは当時、イギリスの不沈戦艦を沈めるなどということは想像もできなかった。それを我々と同じ東洋人である日本人が見事に撃沈した。驚きもしたが、この快挙によって東洋人でもやれるという気持ちが起きた。」 (昭和44年「日本経済新聞」より)
日本を貶めようとする内外の歴史家や自虐史観に立つ人たちは、これまで太平洋戦争がもたらしたアジアの民族主義への影響をことさら無視し続け、あるいは過小評価してきました。

━━━パンデイット夫人(インド・元国連総会議長)
日本が日露戦争に勝った事によってインド国民が勇気づけられ独立運動に立ち上がった。

━━━レイ(インド元下院議長)
大東亜戦争開始以来、歴史に較べるもののない日本軍の勝利はアジアのインド人に感銘を与え、自由獲得の戦いに参加することを可能にした。日本政府は単に自己防衛のために戦うだけでなく、英米帝国主義のアジアからの撲滅を期し、さらにインドの完全な独立を援助するものである。いまやインド国民軍は攻撃を開始し、日本軍の協力を得て、両軍は肩を並べ、共同の敵アメリカ・イギリスの連合国に対し、共同戦線を進めている。外国の侵略の軍隊をインドから駆逐しない限り、インド民衆の自由はなく、アジアの自由と安全もなく、英米帝国主義との戦争の終結もない。

━━━チャンドラ・ボース(インド独立運動指導者)
連合国は日本に対してこそ賠償を払うべきだ。

━━━マハンドラ・プラタップ(インド独立運動家)
このたびの日本の敗戦は真に痛ましく、心から同情申し上げる。しかし、一旦の勝負の如きは必ずしも失望落胆するに当たらない。殊に優秀な貴国国民においておやである。私は日本が十年以内にアジアの大国として再び復興繁栄する事を確信する。インドは程なく独立する。その独立の契機を与えたのは日本である。インドの独立は日本のお陰で三十年早まった。これはインドだけではない。インドネシア、ベトナムをはじめ東南アジア諸民族すべて共通である。インド4億の国民は深くこれを銘記している。インド国民は日本の国民の復興にあらゆる協力を惜しまないであろう。他の東亜諸民族も同様である。

━━━デサイ(インド弁護士会会長)
インドが日本のお陰を蒙っていることは、言語に尽くせない大きなものがあります。偉大な貴国はインドを解放するにあたって、可能な限りの軍事援助を提供しました。何十万人にものぼる日本軍将兵が、インド国民軍の戦友として共に血と汗と涙を流してくれました。インド国民軍は日本帝国陸軍がインドの大義のために払った崇高な犠牲を、永久に忘れません。インドの独立は日本陸軍によってもたらされました。ここに日印両国のきずながいっそう強められることを祈念します。

━━━ヤダフ(インド国民軍大尉)
太陽が空を輝かし、月光が天地を潤(うるお)し、満天に星がまたたく限り、インド国民は日本の恩義を忘れない。

━━━レイキ(インド法学博士)
ビルマ、インドネシア、フィリピンなどの東アジア諸国の植民地支配は一掃され、次々と独立し得たのは日本が育んだ自由への炎によるものであることを特に記さなければならない。

━━━ラーマン(元インド国民軍大佐)
インドでは当時、イギリスの不沈戦艦を沈めるなどということは想像も出来なかった。それを我々と同じ東洋人である日本が見事に撃沈した。驚きもしたが、この快挙によって東洋人でもやれるという気持ちが起きた。

━━━ロイター通信(ミシュラン東京版発売の報道)
パリもニューヨークもローマも忘れてしまえ。グルメの本場は東京なのだ。

━━━金完燮(台湾)
私は海外に出て初めて「実物の日本人」と会い、かれらが予想外に洗練された人たちであり、韓国人と比べて立派な点が多くあることを知りました。

━━━許国雄(台湾)
日本のみなさん、自信を持って下さい。まだまだ日本には底力があります。皆さんが立ち上がって、大国としての政治をやれば日本は強い国になります。欧米の金融メジャーからアジア経済を守り、共産主義国家の武力侵攻に対抗できる国は日本しかありません。地球環境保護の問題で世界をリードできる技術も日本は持っています。
私は、日本がもっと強い国になり、政治経済の上で本当にアジアの盟主となってくれることを願っています。日本と台湾が手を取り合って頑張れば、きっとアジアはもっとすばらしい発展を遂げることができると思います。・・・皆さん、すばらしい日本と台湾、そして新しいアジアの建設のために共に努力してゆこうではありませんか。

━━━許文龍(台湾)
私はかつて日本人であったことに誇りを持っていますが、逆に日本の方々は誇りを持っていないんですね。どうか皆さん、過去に対して正当な評価と自信を持ってください。
戦前の日本の台湾統治に対し謝罪する必要などありません。戦後の日本政府は、深い絆を持ちながら世界で一番の親日国家である台湾を見捨てました。謝罪すべきはむしろ戦後の日本外交です。

どうぞ心に留めていただきたい。“日本”は、あなた方現代の日本人だけのものではない、我々“元日本人”のものでもあることを。私は、台湾にやってくる日本人に説く。「自分の国を愛しなさい」と。自分の国をも愛せない人が、どうして他人や他の国の人々を愛せるだろうか。自らの祖先を敬い、親兄弟を愛し、そして、そうした人々が幸せに暮らす祖国を愛してこそ、世界の人々を愛せるのだ・・・

どうぞ台湾に日本の正しい歴史を学び、自身と誇りを取り戻していただきたい。そして誇りある日本がアジア地域の安定と平和を担う真のリーダーたらんことを願う。日本人よ胸を張りなさい!

━━━蔡焜燦(台湾)
ぜひ、皆さんも歴史的に、伝統的に持っていた日本人の徳目、日本人の素晴らしさを再評価して、それをなんとか次の世代に伝えてゆくという仕事に、日本人ひとり一人が参加してほしいのです。それが台湾のためなのです。日本がちゃんとしていなければ、台湾は、存在できない。日本と台湾は運命共同体だと考えています・・・
日本は、責任をもってこの地域のリーダーであるというその使命を果たしてほしい。日本以外にはないのです。覇権主義国家の中国にこの地域のリーダーシップをとってもらっては皆が迷惑するのです。ですから皆さん、“覚悟”を決めて、この地域のリーダーを担えるような国をつくり上げていってください。

━━━金美齢
敷島の 大和心を 人問はば 朝日に匂ふ 山桜花。これは、私が敬愛する新渡戸稲造先生の名著『武士道』の中で改めて紹介されている本居宣長の和歌ですが、この「大和心」こそ、日本人が最も誇りに思うべき普遍的真理であり、人類社会がいま直面している危機状況を乗り切っていくために、絶対に必要不可欠な精神的指針なのではないでしょうか。

━━━リチャード・アーミテ-ジ前国務副長官(米国)
「主権国家である日本の総理大臣が、中国に限らず他の国から靖国神社に参拝してはいけないと指図されるようなことがあれば、逆に参拝すべきだと思います。なぜなら内政干渉を許してはいけないからです。もう一つは、全ての国が戦死者をまつりますが、それぞれのやり方で良いのだと思います」

ちなみに戦後のアメリカの議事録によれば、アイゼンハワー共和党政権下の副大統領だったニクソンは占領時に憲法制定し日本に押しつけたことを日本の国会で公式に謝罪しています。

世界からの日本の評価 Vol.8(2013/08/17)

━━━マレーシア ラジャー・ダト・ノンチック 元上院議員
「私たちは、マレー半島を進撃してゆく日本軍に歓呼の声をあげました。敗れて逃げてゆく英軍を見た時に今まで感じたことのない興奮を覚えました。しかもマレーシアを占領した日本軍は日本の植民地としないで将来のそれぞれの国の独立と発展の為に、それぞれの民族の国語を普及させ青少年の教育をおこなってくれたのです。」

━━━マレーシア マハティール首相
「日本は、軍国主義が非生産的であることを理解し、その高い技術とエネルギーを、貧者も金持ちも同じように快適に暮らせる社会の建設に注いできた。質を落とすことなくコストを削減することに成功し、かつては贅沢品だったものを誰でも利用できるようにしたのは日本人である。まさに魔法も使わずに、奇跡とも言える成果を創り出したのだ。(中略)
東アジア諸国でも立派にやっていけることを証明したのは日本である。そして他の東アジア諸国はあえて挑戦し、自分たちも他の世界各国も驚くような成功をとげた。東アジア人は、もはや劣等感にさいなまれることはなくなった。いまや日本の、そして自分たちの力を信じているし、実際にそれを証明してみせた。もし日本なかりせば、世界は全く違う様相を呈していただろう。富める北側はますます富み、貧しい南側はますます貧しく なっていたと言っても過言ではない。北側のヨーロッパは、永遠に世界を 支配したことだろう。」 (欧州・東アジア経済フォーラム 1992年10月14日)
ある時、日本の政治家が「過ぐる大戦において、わが国は貴国に対しご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」という挨拶をした時、マレーシアの外務大臣はこう答えた。

━━━マレーシア ガザリー・シャフェー元外相
「どうしてそういう挨拶をなさるのですか。あの大戦で日本はよくやったではないですか。マレー人と同じ小さな躰の日本人が、大きなイギリス人を追い払ったではありませんか。その結果、マレーシアは独立できたのです。大東亜戦争なくしては、マレーシア人もシンガポールも、その他の東南アジア諸国の独立も考えられないんですよ?」

━━━マレーシア ラジャー・ダト・ノンチック元上院議員
この国に来られた日本のある学校の先生は「日本軍はマレー人を虐殺したに違いない。その事実を調べに来たのだ」と言っていました。私は驚きました。「日本軍はマレー人を一人も殺していません。」と私は答えてやりました。日本軍が殺したのは、戦闘で闘った英軍や、その英軍に協力した中国系の抗日ゲリラだけでした。 日本軍政は東南アジアの中で最も政治的意識が遅れていたマレー人に、その種を播き、成長を促進させ、マラヤにおける民族主義の台頭と発展に大きな“触媒”の役割を果たした。

━━━アビディーン(マレーシアの歴史学者)
とくに私が惜しいと思うのは、日本くらいアジアのために尽くした国はないのに、それを日本の政治家が否定することだ、責任感をもった政治家だったら、次のように言うだろう。「その頃、アジア諸国はほとんど欧米の植民地になっていて、独立国はないに等しかった。日本軍は、その欧米の勢力を追い払ったのだ。それに対して、ゲリラやテロで歯向かってきたら、治安を守るために弾圧するのは当然でないか。諸君らは何十年何百年にわたって彼らからどんなひどい仕打ちを受けたか忘れたのか?日本軍が進撃した時にはあんなに歓呼して迎えながら、負けたら自分のことは棚に上げて責任をすべて日本にかぶせてしまう。そのアジア人のことなかれ主義が、欧米の植民地から脱却できなかった原因ではないか。

━━━シャフィー(元マレーシア外務大臣)
私たちは、マレー半島を進撃してゆく日本軍に歓呼の声をあげました。敗れて逃げてゆく英軍を見た時に今まで感じたことのない興奮を覚えました。しかもマレーシアを占領した日本軍は日本の植民地としないで将来のそれぞれの国の独立と発展の為に、それぞれの民族の国語を普及させ青少年の教育をおこなってくれたのです。

━━━ノンチック(元マレーシア上院議員)
1991年、私達は日本のコタバル上陸50周年を祝いました。これがケランタン、つまり当時のマラヤにとって、意義ある出来事であったからです。ここコタバルは、日本軍最初の上陸地です。私は、戦争博物館の館長として記念行事を担当しましたが、多くの人がこの重要な出来事を、長く記憶に留めていただきたいと願っています。

━━━イソハック(マレーシア・ケランタン州副知事)
新国家マラヤ連邦の建国の基本策と具体策は当時のマレー人青年の日本グループによって進められたと言っても過言ではありません。あの当時の国家計画庁本部は、昭南、マラヤの両興亜訓練所や日本に留学した南方特別留学生の同窓会の雰囲気でした。

━━━ノンチック(元マレーシア上院議員)
これまで独立なんて考えたこともなかったので、徐々に植民地にされたのですが、日本の軍政下で反植民地主義に目覚めたのでした。民族意識は若者に影響を与え、彼らはもはや怠けてはいませんでした。皆、立ち上がったのです。これまでになかった大変貴重な3年と8ヶ月の経験でした。

━━━モハマド(マレーシア外務省情報センター所長)
私たちは、マレー半島を進撃してゆく日本軍に歓呼の声を上げました。敗れて逃げてゆくイギリス軍を見たときに、今まで感じたことのない興奮を覚えました。日本軍は永い間アジア各国を植民地として支配していた西欧の勢力を追い払い、とても白人には勝てないとあきらめていたアジアの民族に、驚異の感動と自信を与えてくれました。

世界からの日本の評価 Vol.7(2013/08/16)

━━━李登輝(台湾前総統)
多くの若者たちが国のために命を捧げたにも関わらず、その国のトップがそれに目を向けないのは大きな問題だ。小泉首相の靖国神社参拝についての考え方はもっともで、それに反対する人のほうこそ戦争の悲惨さというものを知らないのではないか。どの国にも戦没者のための記念碑があり、台湾でも春秋には政府高官により参拝が行なわれているのに、日本に限って戦没者慰霊のための参拝に過敏に反応したり、とやかく口出しするのはおかしなことだ。

━━━鄭時東(韓国・韓日人協会理事長)
第二次世界大戦を日本国民は団結してよく戦った。それが契機となってアジア諸国はすべて独立した。この偉業は将来誰も否定できなくなるであろう。そして注目すべきことは、あれほど戦っていた日本が敗戦と決まれば、整然と矛を収めたことである。この見事な収拾ぶりは世界の驚きであった。

━━━ディゾン画伯(フィリピン)
今から35年前に私は神風特攻隊の本を読みました。涙がとまらなかった。こんな勇気や忠誠心をそれまで聞いたことがなかったからです。同じアジア人として、このような英雄がマバラカットと私の町アンヘレスで誕生したことを「誇り」に思っています。かつて日本の統治を受けた台湾や韓国を見てください。立派に経済的な繁栄を遂げているでしょう。これは日本が統治下で施した「教育」の成果です。ですが、アメリカの統治を受けたフィリピンでは、自分たちでモノを作ることを学ぱせてもらえなかった。人々は鉛筆すら作ることができなかったのですよ。アメリカが自分達の作ったものを一方的にフィリピンに売りつけてきたからでした。フィリピン人は日本で伝えられているような反日などではなく、むしろ親日的ですよ。フィリピンの人々は戦争に対しては日本人よりもリアリストです。戦争があれぱ多少なりとも悲劇はあると、現実的な考え方をしています。ですからフィリピンの人々は日本を責めようなどとは思っていません。

━━━汪兆銘(中華民国南京政府主席)
日露戦争に対して中国国民のこぞって願ったのは、日本の勝利だった。今日の現状をみて中日両国はとうてい心から相和することはできないという説をなすものがあると、私はその度に、昔東京で過ごした日露戦争当時のことを想い起こす。

━━━パルガス(元フィリピン大使)
大日本帝国は軍政を最終的に撤廃し、フィリピン共和国の独立を承認するというこのうえない形で、その高邁な精神と理念を証明した。帝国はその全ての誓約と宣言を誠実に守り、フィリピン国民が憲法を制定し、自らの文化と伝統に調和する国家を樹立する最大の機会を開いたのである。大東亜において日本帝国はあまりに激しく、あまりに不当に圧政暴虐の侵略者として非難されているが、その寛容と自由の実践は世界も驚くであろう。日本は帝国であったが一つの共和国を認め、まさにその樹立に参画した。

━━━ハインリッヒ・シュリーマン (ドイツ考古学者)
日本の僧侶たちはといえば、老僧も小坊主も親切さとこのうえない清潔さがきわだっていて、無礼、尊大、下劣で汚らしいシナの坊主たちとは好対照をなしている。

━━━朴正熙(韓国元大統領)
私は貧農の生まれで学校に通うなど思いもよらなかったが、日本人の役人が両親を説得して小学校に行く事が出来た。そしたら学校の教師がお前は頭が良いから無料の師範学校に行った方が良いと推薦してくれた。師範学校では更に優秀さを認めてくれて陸軍士官学校に推薦してくれた。その結果士官学校首席として日本人同期生のトップで卒業し、陸軍将校に成る事が出来た。今の私が有るのは清廉で誠実な日本人達のおかげである。

━━━フランソア・カロン(東インド会社の日本担当、オランダ)
日本人は信用すべしと認められる。彼らは第一の目的である名誉に邁進する。また恥を知るを以て漫に他を害うことは無い。彼らは名誉を維持するためには喜んで生命を捨てる。

━━━イザベラ・バード(英国女性旅行家)
ほんの昨日のことであったが、革帯が一つ紛失していた。もう暗くなっていたが、その馬子はそれを探しに一里も戻った。彼にその骨折賃として何銭かあげようとしたが、彼は、旅の終りまで無事届けるのが当然の責任だ、と言って、どうしてもお金を受けとらなかった。

━━━ヤクブケヴィッチ(ポーランド極東委員会副会長)
日本人はわがポーランドとは全く縁故の遠い異人種である。日本はわがポーランドとは全く異なる地球の反対側に存在する国である。しかも、わが不運なるポーランドの児童にかくも深く同情を寄せ、心より憐憫の情を表わしてくれた以上、われわれポーランド人は肝に銘じてその恩を忘れることはない。われわれの児童たちをしばしば見舞いに来てくれた裕福な日本人の子供が、孤児たちの服装の惨めなのを見て、自分の着ていた最もきれいな衣服を脱いで与えようとしたり、髪に結ったリボン、櫛、飾り帯、さては指輪までもとってポーランドの子供たちに与えようとした。こんなことは一度や二度ではない。しばしばあった。ポーランド国民もまた高尚な国民であるが故に、われわれは何時までも恩を忘れない国民であることを日本人に告げたい。日本人がポーランドの児童のために尽くしてくれたことは、ポーランドはもとより米国でも広く知られている。ここに、ポーランド国民は日本に対し、最も深い尊敬、最も深い感銘、最も深い感恩、最も温かき友情、愛情を持っていることを伝えしたい。

━━━ポーランドのある教会の神父
ノギとかトーゴーとかいう名前の者は、この辺はたくさんいましてね。ノギ集まれ、トーゴー集まれっていったらこの教会からはみだしますよ。「ノギ」というのは乃木大将のノギですよ。「トーゴー」はもちろん東郷平八郎に因んでのことです。

━━━ツュンベリー(スエーデン植物学者)
日本人は必要にして有益な場合、その器用さと発明心を発揮する。そして勤勉さにおいて、日本人は大半の民族の群を抜いている。彼らの鋼や金属製品は見事で、木製品はきれいで長持ちする。その十分に鍛えられた刀剣と優美な漆器は、これまでに生み出し得た他のあらゆる製品を凌駕するものである。農夫が自分の土地にかける熱心さと、そのすぐれた耕作に費やす労苦は、信じがたいほど大きい。

━━━エドワード・S・モース(アメリカ動物学者)
人々が正直である国にいることは実に気持がよい。私は決して札入れや懐中時計の見張りをしようとしない。錠をかけぬ部屋の机の上に、私は小銭を置いたままにするのだが、日本人の子供や召使いは一日に数十回出入りしても、触ってならぬ物には決して手を触れぬ。